【第二章】息子と泣き虫パパ~生き別れの君へ

リアイアを覚悟してからは、あまり記憶がありません

気が付いたら、バイクフィニッシュ
バイク降車
バイクを押しながら、少し駆け出します
さぁ、脚はどうだ？

ぐわぁ
そんな漫画みたいな声を絞り出しました
見事に激痛が

やはり、ここまでか
あわよくばランも継続なんて考えていましたが、甘かったです

バイクを預け、ベンチに腰掛けます
ふぅ～、一呼吸

リタイアするにはちょうどいい場所
仕方ない
来年また頑張ればいいか、来年頑張る力は残っているのか
そんな風に思い巡らせていました

続々と後続の選手がランスタートしていきます
ふぅ～、気持ちよさそうだ
あんな風に走って、ゴールしたかった
恨めしそうに彼らを見送ります

リタイアって味気ないものなんだなー
誰が気にしてくれるわけでもない
誰にも迷惑かからない

寂しい気持ちでした

そんな時

ふと目をやると、左腕に書いた息子の名前が目に入って来たのです
これまた漫画かと思うような展開

そうだ、君はパパがつらい時、応援してくれていた
そうだ、君を思ってここまでやってきたんだ
一生脚が使えなくてもいい

パパは君にかっこいいパパと思ってもらいたいんだ

時計に目をやると、スタートから4時間弱経過
制限時間まであと4時間ある
21kmを4時間、歩いてもなんとかなるさ

力が湧いてきます（実際、力など一切出ていません）
そうだ、僕は息子と一緒なんだ

ベンチから立ち上がり、誘導員に尋ねました

「ランスタートはどこですか？」

さぁ、最後の戦いが始まります

右脚全体には痛みのみの感覚
動かしている感覚はありません
それでも、機関車の車輪をつなぐ連結棒のように漕ぎ続けます
痛みは増すばかり

腓腹筋の肥大、流血、大腿筋の痙攣
身体だけでなく、精神的なダメージで疲弊していくばかり
ドラゴンクエストでいうところの画面がオレンジになった状態でしょうか

スタート時の余裕は勿論なく、声援の方へのお返しさえもなくなっていました

次の瞬間、体全体に悪寒が走ります

今度はなんだー？

精神的な重負荷の中、体中に神経を行き渡らせ、考えられる可能性を探ります

・・・

そうか！

脚に気を取られるばかりに、水分・エネルギー補給を怠っていたのです

20分おきに摂取する予定が、すでに予定より1時間超過しています

急いで、エネルギーボトルを取り出し、補給色と一緒に摂取
間に合ってくれ

徐々に体を包む倦怠感
そして頭痛

ペダルを漕ぐ速度もドンドン落ちるばかり

もうダメだ
この時ばかりは、リタイアを覚悟しました

気持ちの問題ではなく、物理的な問題でした

バイクフィニッシュまでして、リタイアを申告しよう

アイアンマンレースの魔物です

落車から復活し、バイクに乗りこんだものの
強打した右脚に、徐々に痛みが増します

ペダルの度にズキンズキンと痛みが

脚に目をやるとびっくり

え？これが僕の脚？ふくらはぎがいつもの二倍くらいの大きさに！

流血し、肥大化しすぎた腓腹筋の造形に、精神的ダメージが加わります

リタイア
そんな言葉が脳裏をよぎります

何をバカな
3年間ここまでやってきたんだ
息子にも出場することは伝えてあるし、顔向けができない
まだ走り続けるんだ

そんな心の葛藤が繰り返されます

次の瞬間、大腿四頭筋（太腿）に、今まで感じたことのない感覚が
大腿四頭筋が自分のものでないように、振るえています

痙攣

生まれて初めての感覚
ビクンビクンと不快な脈動を起こします
これまた初めての痙攣で精神的にダメージが

さらに、追い打ちをかけるように、右脚の甲が痺れを発生
腓腹筋強打で、脚の甲まで血が通いきっていないのでしょう
痺れで甲の感覚が全くなくなります

脚がごっそり持っていかれたような感覚
利き足である右脚が全く使えない

この先、まだ50km

試練はこれだけでは終わりませんでした

コーナーへの侵入速度が速すぎたため、車体を傾けて対応しましたが
砂の路面にタイヤを持っていかれ

体が宙に浮きました
自分が落車する様をスローモーションで体感していました

ゴキ

鈍い痛みと共に、空中浮遊は終わりました

マズイ

すぐさま起き上がり、バイクを確認

パンクや車体の変形は見られない
パダルも正確に回る
車体に傷が付いた程度だ

ヨシ！イケる！

「大丈夫でーす」なんて声援の方に挨拶して
颯爽とバイクにまたがり
ペダルにビィンディングセット

さぁ、遅れを取り戻すぞ！
ペダルを踏んだ時です

ズキン

次の瞬間、右脚に痛みを感じました

目をやると、血が流れています

しまった、脚をやったか
落車時の痛みはこれだったか

トライアスロンにとって、脚は特に要
半分以上残るバイクの距離とラン

先行きに暗雲が

ここから地獄のような戦いが始まりました

好調な出だしのバイクパート
沿道の声援に手を振り、声掛けしてくれる人には「頑張りまーす」「行ってきまーす」とお返し
途中、競っている選手に話しかけたり
コーナーの立ち上がりも快調

余裕さえも感じている

脱水症状、ハンガーノックにならない様に、20分おきに水分と補給食

不安はない

このまま行ける、走り抜けられる、そう信じてました

しかし、それは起こったのです
起きてしまったのです

忘れもしません
40km地点の手前
脳裏に焼き付いてます

前方に、橋の手前を右折するコーナー
橋上には多くの声援の方々

調子に乗っていたのでしょう
声援に応えて

声援に気を取られていたのでしょう

いつもより早い速度でコーナーに差し込みました
声援を背にコーナーを颯爽と抜けるつもりでいました

マズイ、早すぎる
コーナーへの突入速度が速すぎたのです

このままでは、突っ込む、いや、川に落ちる

その危機感から、咄嗟の判断で、コーナーを曲がり切る為に、いつも以上にバイクを傾けました

これが命取りになろうとは

河原で砂が多く残るコーナー

ズルリ

タイヤを持っていかれました

空が見えます
遠くで、声援の方々の叫び声がします

しまった

心の中でつぶやきながら、自分が落車する様をスローモーションで体感していました

そうです、僕は落車したのです

好調なスイムそのままの勢いで、トランジットへ

快調快調
スイムの疲れは全くない
颯爽とバイクにまたがり、バイクスタート

バイクにいたっても、スイムパートのようにスイスイと
毎週末の100kmトレーニングの成果が出たようです

こりゃ、いいタイム出るんじゃない？
練習の方がよっぽどつらいわーなんて思いながら
沿道の声援に手を振って応えていました

この調子でバイクいけるなら、ランにだいぶ足を残せるな
こりゃ、いいタイムが狙えそうだと意気揚々
アイアンマンレースに物足りなさを感じてさえいました

さぁ、このまま突っ走るぞ！

このおごりが仇となることを僕はまだ知りません

僕はスタートホーンと共に、雄たけびを上げ、海に飛び込みました

焦りや緊張はありません
スイムは得意なパート
1.9km初挑戦と言えども、泳ぎ切れる自信がありました

オープンウォータースイム名物のスイムバトルもなんなく切り抜け
出来るだけ上位のポジション取りにつとめ

無我夢中でした
プールでのスイム理論など二の次
海水もだいぶ飲みました
ワカメやら、クラゲのようなものをかき分け（笑）

半分を泳ぎ切ったくらいでしょうか
急に呼吸だけでなく、（心の）視界も良好に

一度、立ち泳ぎして周辺を見渡します
前方に同ウェーブの選手が数名見えました

ヨシ、ここからが僕のターンだ
遠泳を得意としてる実力の見せどころ
無我夢中の泳ぎから、ストロークを深く取り、呼吸回数も減らし、速度アップ

前のウェーブの選手を追い抜き
頑張れと声掛けして勇気づけ
同ウェーブの選手を何人か抜き

そして、スイムアップ
※リザルトによると同ウェーブでかなり上位につくことができました

不思議と疲れはありません
なんて好調な出だしなのだろうか

3年の集大成であるアイアンマンレース
素晴らしいレース内容になりそうだ、そんな想いがよぎり

高揚感の中でトランジットエリアに向かいました

さぁ、次はバイクパートだ！

この時の僕は、この先待ち受ける過酷な出来事を想像もしていませんでした

準備は整いました
これから想像もつかない長い旅が始まります
6，7時間はかかるこの戦い

最初のパートはスイム
距離は1.9km
オープンウォータースイムとしては、初の距離の挑戦です

スタートライン
ストレッチする選手、水を浴びる選手、瞑想する選手

スタート10秒前

カウントダウンが始まり

そして、スタートホーンが鳴り響きました

それに応えるように僕は雄たけびをあげます

よっしゃ、いくぜー！（思い返すと恥ずかしいです

いよいよスタートです

先週の日曜日に、アイアンマン70.3セントレア知多半島ジャパンに出場してまいりましたのでご報告です

トライアスロンにおけるアイアンマンは、世界的に有名なレースで、名古屋でのみ開催されています
世界各国から外国人選手も集まり、日本国内でも名だたるプロが参戦しています

この日は早朝3時起き、お風呂に入り、ストレッチし、4時半から朝食
不思議と緊張はありません
ついにこの日が来たという晴れ晴れした気持ちです

屈強な男達と共にシャトルバスで揺られ、会場に向かう間、色々な思いが交錯しました

息子を想って、挑んだトライアスロン
息子にカッコいいパパを見せる為に続けてきました
なんど挫けそうになったことか

今日、一つの答えが出るわけで

そんなことを考えながら、会場に到着
バイクにスペシャルドリンクをセット
トランジットバッグに補給色をセット
そして最後の準備、ナンバリング（腕にエントリーナンバーを書くこと）

その後、腕に息子の名前を書きました
トライアスロンを始めてから、欠かしたことのない儀式のようなものです
なんども僕を勇気づけてくれました
今回も一緒です

さぁ、準備はできた

鉄人への挑戦が始まります

本日、仕事帰りで、テーパリングスイム
ゆったりと2km
肩、腕の調子は良好
心肺もなんのストレスも感じません

これが、レース前の最後のトレーニングになります

明日は始発で空港に向かいます

いざ、アイアンマンレース

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